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夢を追いかけるあなたへ

はじめまして!
ライターの穂香です;)
🦋
Noteを書かせていただくにあたって、簡単に自己紹介させて頂きます!!
関西出身の高校3年生で、高校1年生の時に立ち上げを行った、ティーン向け社会問題メディア「Dear Future,」で、社会問題と教育を軸に発信を行いながら、一般社団法人willdoorさんでインターンを行ったり、イベント運営・登壇などの活動…そしてNPO法人ふらいおんさんにも関わらせて頂いています!✨

Dear Future,

そこで今日は、そんな私が高校3年生になって感じている「夢」という言葉について、、私自身もたくさんの夢を持っているので、題名にもあるように、夢をもつカッコイイあなたにエールを送りたい、そんな気持ちで書かせてもらいます!

目次

  1. はじめに
  2. 友人との話
  3. 夢を持つこと
  4. 渋沢栄一の言葉
  5. さいごに

はじめに

さっそく本題に入りますが、皆さんには夢がありますか??
将来実現させたい希望・理想を思い浮かべてみて下さい。
さて、その夢をあなたは誰かに話したことはありますか?
それでは次に、家族の夢、友達の夢、先輩の夢、後輩の夢、身近にいる人の夢を知っていますか??
知らないという方も少なくないんじゃないかと思います。
もしかしたら、「夢を語る」ということをダサいと感じる人もいるかも知れません。叶うかも分からないのに、口になんて出せないと思ってる方もいると思います。

高校3年生の私は、昔よりも今の方が夢を語ることに苦手意識が出来てきているように感じています。それは多分、夢に現実味が出てきてしまったからです。叶わないかもしれない、馬鹿にされるかもしれない、そんな思いがどこかにあるのかも知れません。
進路など人生について考える時間の多い高校生だからこそ、無責任に夢を語れなくなっているのだと思います。(といいつも、よく夢を語っているのですが💦!)
それでも内側には、絶対に叶えてみせる!と熱く燃えている大きな夢があったりするものです。
私がこう感じるのにも訳があります。
これは、先日、放課後に友人と教室で話していた時のことです。

友人との話

高校卒業まで一年を切った私は、友達と卒業後について話すことがよくあります。こんなバイトがしたいとか、ピアスを開けたいとか、、、お互いに深く考えずに、一年後の理想を思い思いに話す。そんな時間がとても楽しいのです。
その日、私は昔から仲良くしてくれている友人と放課後の教室で、特に目的もなく話をしていました。すると突然友人が、彼女のとってもワンダフルな「大きな夢」について語ってくれました。少し照れくさそうに教えてくれた友人をみて、こんな素敵な夢をもっていたこと、そして私と彼女の夢に共通点があったこと、そしてそんなことを、いつも一緒にいたのに知らなかったことに、なんだか不思議な気持ちになりました。

誰かに自分の夢を話すのは勇気のいることだと思います。それでも話してくれた友人はとてもカッコイイし、いつかきっと叶えてくれると信じています。

夢を持つこと

 さて本題に戻り、今日のテーマの「夢を持つこと」ですが、変化の多い時代に生まれた私たちは、社会の慌ただしい動きについていくので手一杯になってしまい、現状維持を好む傾向があるように感じます。しかし、身近な夢、あるいは人生の目標を設定するような大きな夢こそが日々の生活を充実したものにしてくれるのだとも思います。
 だからこそ、せっかく変化の多い時代に生まれたのであれば、夢を持ってみるのも、夢を追いかけてみるのも、それを誰かに話してみるのも、全然ありだし、むしろそれってすっごくカッコイイことだと感じています。
 

渋沢栄一の言葉

夢なき者は理想なし。
理想なき者は信念なし。
信念なき者は計画なし。
計画なき者は実行なし。
実行なき者は成果なし。
成果なき者は幸福なし。
ゆえに幸福を求むる者は夢なかるべからず。

渋沢栄一

さいごに

私も今まさに夢への旅の真っ最中です。
多くの人に無理だと言われても、思いがけないハプニングが起きて心が折れそうになっても、ただただ真っ直ぐ「夢」だけを追い続けた人にだけ見れる景色があるのだと思います。負けたら終わりなのではなく、辞めたら終わり。そう信じています。

夢を追いかけるカッコイイあなたの素敵な夢がいつか実現されますように。

執筆者 : Honoka 穂香 
社会問題と教育を軸に活動を行う17歳🦋!高校1年生の時に「社会問題×トレンド」で発信を行う、ティーン向け社会問題メディア「Dear Future,」の立ち上げを行い、ティーンエイジャーが社会の一員として、社会課題をしり、それを変えていくことの出来るチェンジメーカーを生み出す仕組みづくりを行うため、日々奮闘中。

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はじめまして、ライターのりんゆー(Twitter @Rinyu_DtD)です!
現在は、自分が立ち上げた読書教育NPO団体 Dor til Dor(宣伝↓)の代表理事をしながら、ちょこっとNPO法人ふらいおんに関わらせてもらっている高3の受験生です。

次の1冊に手をのばす喜びをすべての子どもに | 読書教育NPO Dor til Dor「次の1冊に手をのばす喜びをすべての子どもに」
読書教育NPO団体 Dor til Dorの公式ホームページです。

今回は、僕自身が東大寺学園といういわゆる進学校(偏差値78らしいです笑)に通っているということもあり、「日本の進学校、このままで大丈夫?」というテーマで記事を書いてみようと思います。

※経験則と主観による分析を多く含む記事です。ご了承ください。
※あと多分長くなります笑 先に断っておきますね、ごめんなさい。
でも、最後まで読んでもらえると嬉しいです!

目次

  1. 閑話休題 ~時事ニュースに触れときたかったんです~
  2. 進学校の高校生、何が問題なの?
  3. へ~。でも、なんで?
  4. 進学校における探究活動
  5. 最後に

閑話休題 ~時事ニュースに触れときたかったんです~

(いきなり本題からそれます。すみません笑)ちなみに、最近文科省が力を入れている教育政策に、「ギフテッド教育」があります。特定分野において突出している才能を持っているものの、そのために学校生活にうまくなじめないことも多い「ギフテッド」と呼ばれる子どもたちを支援していこうという動きですが、賛否両論があるのも事実です。例えば、「能力がある子どもを支援することは、障がいのある子どもを切り捨てることに繋がるのではないか」というような指摘には一理ありますよね。

とはいえ、個人的には「賛」側です。「ギフテッド」というほどではなくとも小学校では「浮きこぼれ」「伸び残し」に近い状態だった僕自身は、中学受験を経てある程度選抜された環境で中高6年間を過ごしてきた身として、やはり中学に入ってからの方が周りと切磋琢磨できたり、刺激をもらったりすることが多かったように感じるのです。能力の高低に関わらず、その子に合った環境で勉学やその他の活動に励むのが、生き生きと学生生活を送る近道だと思えば、ギフテッド教育の取り組みもあって良いと思っています。

進学校の高校生、何が問題なの?

(やっと本題です笑)先ほども書いたように、僕自身は進学校に進学して良かったと思っています。先生の質の良さ、クラスメイトの知的好奇心の高さ、学校図書館の充実度、そして男子校という空間などなど……。とはいえ、何から何まですべてを肯定できるわけではありません。

そもそも、国立青少年振興機構の調査内閣府の調査からは、次のように、一般的に、日本の高校生は他国と比較して、主体性や自己肯定感が格段に低い傾向が明らかになっています。

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高校生の生活と意識に関する調査報告書-日本・米国・中国・韓国の比較-(2015)
(なお一番上の57.3%が日本)
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我が国と諸外国の若者の意識に関する調査(2018)
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高校生の生活と意識に関する調査報告書-日本・米国・中国・韓国の比較-(2015)
(なお一番上の72.5%が日本)
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我が国と諸外国の若者の意識に関する調査(2018)

こうしてみると、個人主義の欧米と比べて集団主義的で協調性を重んじる我が国の国民性が影響しているのかもしれませんが、日本の高校生は総じて「自分」を大切にしていないように思えます。

特に、この傾向が顕著なのが進学校(正確には学力上位層)なのです。東大とベネッセの共同調査「高校生活と進路に関する調査(2015年版)」を覗いてみましょう。

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高校生活と進路に関する調査(2015)

※進路決定の際に参考にしたことについて、進路ごとに上位5個の要素が①~⑤で示されています。

まず目につくのは、専門学校等に進学したり就職したりする生徒がまず第一に「将来就きたい仕事」を挙げているのに対して、四年制大学に進む生徒は「自分の成績」を一番に挙げている、ということです。ただし、これは、「将来の夢やなりたい職業が決まっていない中高生が48%」(東進調べ)というような状況を反映して、必ずしも全員の「将来就きたい仕事」が決まっていない結果と言えるかもしれません。

次に、四年制大学に進学する生徒内での学力ごとの違いを見ていきます。まず、下位層(偏差値55未満)については、2位が「将来就きたい仕事」、3位・4位はそれぞれ「資格や免許が取れること」「カリキュラムや授業の内容」となっており、ある程度、将来の夢の実現に役立つかどうか、学びたいことが学べるかどうかを重視しているのがうかがえます。次に、中位層(偏差値55~65)では、「卒業後の進学・就職の実績」が2位に入り、「将来就きたい仕事」「カリキュラムや授業の内容」が同率で3位となっています。すなわち、自分自身の夢よりも、全体的な大学としての強みを求める傾向にシフトしているのが分かります。

そして、問題の(?)上位層(偏差値65以上)です。「自分の成績」に加えて「卒業後の進学・就職の実績」が同率1位となっており、次いで同率3位には5位の「カリキュラムや授業の内容」を差し置いて「大学・学校の偏差値が高いこと」が食い込んでいます。確かに、「将来就きたい仕事」が3位に残っているとはいえ、中下位層と比較すると「自分」の内面からくる将来の夢などよりも、成績などの相対的な要素や大学側の外発的な要素を重視した消極的な進路選択になってしまっている、と言っても過言ではないと思います。

へ~。でも、なんで?

そこで、僕自身の東大寺学園で過ごしてきた経験から、この消極的な進路選択の原因を考えてみたいと思います。(もちろん、ここで挙げたもの以外にもいろいろと原因はあると思いますが、今回は、個人的に大きいと思っている3つだけに絞って書いてみます)

まず一つは、親からの教育投資、期待の大きさが挙げられるでしょう。外発的な動機付けで進路を選択するケースです。

やはり高い学力を維持し、いわゆる「良い」大学に入るための準備には、相応の額がかかります。公立高校ならいざ知らず、私立の中高一貫校であればそれなりの学費が必要ですし、学校外での塾や教材費の出費もかさみますよね。そして、(鶏が先か、卵が先か……)親からの子どもへの期待も膨らんでいくと思います。僕自身も、親の期待に後押しされて一時期は理系を目指していた過去があります(今は教育業界志望に変わりました)が、真面目な人も多い学力上位層は、やはり必要以上に親の想いを汲み取り、親孝行しようというような意識が働いてしまうものだと思います。(別にそれを否定するわけではありませんが!!)また、もちろん、ここには、親が開業医で自分がそれを継ぐために医者を目指す、というような進路選択も含まれるでしょう。

また、学校・教師による既定路線化も大きいでしょう。こちらは、ほぼ無意識に将来を絞っているケースですね。

例えば東大寺学園では、毎年、高3生のうち9割以上の生徒が東大・京大・医学部を志望している、というのが通例です。こうした環境で6年間過ごせば、教師も当然これらのいずれかを受ける前提で授業を進めていますし、先輩も皆当然のようにこうした大学に受かっていくので、いつの間にか東大・京大・医学部以外の選択肢が頭から消えてしまうのです。それはただ「良い大学に入りたい」という人にとっては理想的な環境かもしれませんが、実際問題、誰もがそうした大学に入ることで幸せになれるとは限りません。とある先生は、

「理数系の成績が悪くないから」というだけで、特に人を救いたいという強い想いがあるわけでもないのに、毎年60人も70人も医学部を志望するのは異常だよね

とぼやいていました……。また、こうした既定路線化の弊害(?)として、「東大・京大以外は大学じゃない」とまでは極端でなくても、一般入試を重視し、AOなどの推薦入試を軽視・蔑視する、というのもありがちです。けれども実は、学校推薦型・総合型選抜などの推薦制度で入学した人の方が進路選択の満足度が高かったり(マイナビ調べ)、入学後のGPAや評判が高いのもAO入学者だったり(朝日新聞EduAより)するんですよね。

最後に、僕自身が一番気にしているのが、「やりたいことがないからとりあえず東大・京大」という考え方です。

もっとも、この考え方自体は間違っていないと思います。東大卒・京大卒ならばたいていの業界で高く評価されるでしょうし、大学内で様々な授業を受けたり、色々な人と出会ったりする中で、やりたいことが見つかっていく可能性も他の大学より大きいかもしれません。目指せるなら、目指せばいいんです!

でも、そもそも、「やりたいこと」は、高校時代にでも見つけようと思えば見つけられるのではないでしょうか? というのも、「やりたいことがない」のをなんとなくで将来を決める言い訳にしてほしくないんです。文科省の調査によれば将来の職業を考えるための活動について「何も行っていない」と答えた人が37%近くいることがわかります。

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家庭や学校における生活や意識等に関する調査(2015)

自分で「やりたいことがない」と自分自身のことを決めつけて、何もせず親や学校などに流されて東大・京大を目指すのではなく、進学校では特に、まずは「自分が何をやりたいのか」を模索する時間を取ってほしいと願っています。(これを読んでいる進学校で先生をされている方がいたら、ぜひご検討をお願いします!!)

その「やりたいことを見つける」ために個人的なおすすめの作戦は、探究活動です。

探究活動に関する日本最大のコンテストを「学びの祭典」として運営するカタリバの調査によれば、実践型探究学習を通してやりたいことを見つけ、自分の将来を切り拓く力を培うことができることが明らかになっています。実際、僕自身も自分の関心や課題意識を基にプロジェクトを立ち上げ、社会に対して実装してきた経験を通して、自分が将来進むべき道を見出すことができたと感じています。

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実践型探究学習と生徒の志向性(2022)
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実践型探究学習と生徒の志向性(2022)

進学校における探究活動

実はこの探究学習、学習指導要領の改訂によって「総合的な探究の時間」として今年度から高校で必修化されています。「じゃあ心配ないね、これからは皆やるようになるんでしょ?」と思ったそこのあなた! 大間違いです。というのも、私学では、学習指導要領があまり重要視されていない、というのが現実なんです。

もちろん、学習指導要領は国公私立問わず適用「は」されるのですが、それはあくまでも(単位がもらえて)学んだ「ことになっている」だけ。少なくとも東大寺学園のような高校では、「私立ならではの自由度の高いユニークなカリキュラム」の大義名分があるために、ほとんど何も取り組まれていないのが実態です。もちろん、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)に認定されているような積極的に新しい取り組みを導入している学校や、AO入試などが比較的普及している首都圏では、状況はまた違うと思います。しかし、東大寺学園を含め、(ふらいおんも拠点を置く)関西圏に多い未だに旧来型の名門校スタイルを貫き通している進学校では、探究学習としての時間を作ることは少ないようです。

教師にその理由を聞いてみると、単純明快「ニーズがない」だそうで、

関西圏の教育熱心な親は、基本的な子育て方針が、「中学受験をしてうちみたいな名門私立中高一貫に入れて、一般入試で国公立の有名大学に」っていう考えで固まってるからねえ……。誰からも探究学習をやってほしいっていうニーズがないから、結局昔ながらの受験指導が中心になるんやろな。

とのこと。学校の教師陣でも、「これまでの教育方針を変えないために」「うちの学校らしさを守るために」と探究学習に後ろ向きな声がほとんどらしいです。(なお、「私は個人的にはこういう活動にも取り組みたいと思ってるんだけどね……」という先生も少ないですがもちろんいらっしゃいます!)

けれども、進学校の生徒は、ただでさえ学校や塾の勉強で忙しく、放課後に自主的に探究学習に取り組むのは難しいでしょう。僕自身も、コロナ禍で休校になり、暇を持て余していたからこそ自分のプロジェクトを立ち上げられた、という裏話があります笑 僕は高2の1年間生徒会長を務めていましたが、文化祭での新企画や生徒会長挨拶など、様々な機会を捉えて、こうした課外活動についてその魅力をアピールしてきたつもりです。しかし、一時的に話題になることはあっても、ほとんど誰も自ら行動に移すほどの余裕はない、というのが体感でした。だからこそ、学校の授業の時間内で、きちんと時間を取って、やりたいことを探すために探究学習に取り組んでほしいな、なんて思ったりします。「自分」を探求する時間こそが、彼らの主体的な進路選択の第一歩になる、そう信じています。

最後に

成績が良いから、親がそう言うから、みんなそうするから、有名だから……
進学校の生徒の多くが、そんな外発的な理由で進路を決定している現状に、僕は違和感を抱かざるを得ません。進学校の生徒は概して能力が高いからこそ、本来もっと輝けたかもしれないのに、「自分」と深く向き合わず、消極的に将来を選択することで、多くの人がくすぶってしまっているようにすら感じます。

子どもたちには、1人1人が「自分」を起点にして主体的・積極的に将来を切り拓き、自ら未来を切り開いてほしい、というのが僕の想いです。この点において、進学校の生徒は、ある意味、メリトクラティックな学歴社会の要請による最大の犠牲者と言えるかもしれません。今、日本では、東大・京大に行けば必ず幸せになれる時代が終わりつつあります。海外大学への進学や学生起業など、自分らしい道を進む選択肢やロールモデルも増えてきました。そんな中で、進学校の生徒はこれからどのような学校生活を送るべきなのでしょうか?

「進学校の生徒は頭がいいから放っといても大丈夫」なんてことはありません。「すべての国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」(26条1項)というのが日本国憲法の規定です。しかも、進学校の生徒は、日々の勉学に忙殺されてしまい、自分たちが本当はどんな教育を必要しているのか、気づかないままに大学受験を迎えてしまいがちなんです。

だからこそ、このnoteを読んでいる皆さん1人1人が、ここまで書いてきたような、僕自身の持つ進学校での教育への違和感や問題意識を頭の隅に留めていただけると嬉しいです。きっとそれが、進学校の未来を変えること、ひいては日本の未来を変えることに繋がると願っています。

記事執筆:谷津 凜勇
東大寺学園高等学校3年。読書教育NPO団体Dor til Dor設立・代表理事。ASHOKAユースベンチャー。
詳しいプロフィール・SNSなど:https://lit.link/rinyut
何かご連絡等あれば、お気軽に rinyu.t@dor-til-dor.org まで!

2022/8/17 予想以上に多くの方にお読みいただいているので、一部誤解を招く可能性のある部分について加筆修正しました。

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初めまして!

新しくNPO法人ふらいおんに関わることになった花井です。
三重県内の大学に通う大学1年生で、三重県四日市市で今年の6月から無料塾を運営しています。

突然ですが、皆さんには”友達”や”仲間”がいますか?

私には友達と呼べる人が多くいません。
でも、それ以上に仲間はたくさんいます。

今回は私が大切にしている“仲間“という言葉について書きつつ、ふらいおんに関わることになったきっかけについて書いてみよう思います。

高校時代の私

私は高校2年生で聴覚過敏という症状を発症し、生活音が頭に突き刺さるように感じたり、とても不快に感じたりするようになりました。
そのため、学校の教室で過ごすことが不快でたまらなくなっていきました。
また、高校3年生の時には家から出られなくなった時期もありました。

そんな私はクラスで過ごすことが少なく、同じクラスで友達と呼べる人は、ほとんどいませんでした。
卒業式の日になっても顔と名前が一致しないような人ばかりでした。

そんな名前もわからない人と生活することは息苦しく、ストレスのかかるものでした。
だから、友達がいればもっと楽しい学校生活が送れるのかなと思い、友達を作ろうとしたこともありました。
でも、どれだけ名前を覚えようとしても覚えられず、話しかけたくてもできませんでした。

高校を卒業するときに言われた言葉

そんな私が高校を卒業するときに、ある先生から言われた言葉で、今でも大切にしている言葉を紹介しようと思います。

「友達はいなくてもいい、それよりも仲間を大切にしろ」
「友達との関係は何かあればすぐに切れる、でも仲間との関係は簡単には切れない」

ここでの友達とは一緒に行動している人や心を通じ合わせているような人のことを、
仲間とは同じ目標に向けて一緒に努力し、活動する間柄の人のことを指します。

私はこの言葉を聞いた後から、無理に友達を作らなくてもいいと思えるようになり、少し楽になりました。

そして私は今、大学生ですが一人で学校に行き、多くの時間を一人で過ごし、また一人で帰る。そんな生活をしています。

それでも私は楽しい日々を過ごせています。
一人で過ごすことが苦痛ではないということもありますが、何よりも私には学校外にたくさんの仲間がいて、ありのままの姿でいられる場所がある、その事実が大きな支えになっている気がします。

そして私が今、ふらいおんに関わっているのも仲間という意識を強く感じたからです。

ふらいおんとの出会い

私が初めてふらいおんと関わったのはオンラインでのイベントの時でした。
無料塾を始める前だったので、少し教育のことに触れてみようという軽い気持ちで参加したイベントでした。

そのイベントの後に幹部の人と話す機会があり、その流れでミーティングに参加するようになりました。

初めてミーティングに参加したとき、真剣に考え、意見を出し合い、指摘し合う姿、
何よりも互いのことを理解し、意見を言い合える関係性に強い仲間意識を感じました。

そして、ふらいおんに関わりたい、一人の仲間として認められていいと思うようになりたいと思うようになり、積極的に関わっていこうと決めました。

仲間という意識

個人的な話が続いてしまいましたが、私は同じ目標に向けて努力する“仲間“を意識して行動することが大切だと思っています。

学校や会社が全てではない。
だから、もう少し広い視野を持ってふらいおんのような団体や、地域の活動に触れてみれば、友達よりもかけがえのない仲間、そしてこの先も支え合える仲間に出会えると思います。

仲間と呼べる存在を大切にしていれば、無理に友達を作ろうとしなくても、楽しい日々が待っています。

最後に

最後までお読みいただきありがとうございました。
少しでも仲間を意識するきっかけになれば嬉しく思います。

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こんばんは👀
ライターのWakanaです!

今回は、現在ふらいおんで挑戦しているクラウドファンディングについて紹介します✨


桜が散り、花びらの絨毯も忘れてしまった頃
少し早く夏が始まり、燃えるような暑さに包まれ始めた頃

クラウドファンディングを始めました。
5/30~7/17まで挑戦中💪✨

このクラファンに挑戦するのは、ある1人の大学生。
今回の対象事業┈┈澪尽書道教室の代表兼講師の牧さん。

大阪の天王寺にある、西照寺さんというお寺で
月に2回、無料で書道教室を開校しています。

今年(2022)の1月から、夢だった書道教室を開校し
現在(7/3)では計8回、子供たちに書道を教えています。

牧さんがアルバイトをしていた学童で、
お金や子供たちを取り巻く環境が原因でやりたい事が素直に言えない子供たちに出会ったそうです。

環境のせいで可能性を閉ざされてしまう子供たちが
少しでもいきいきできる場所を作りたい。
好きな書道を教えたい。

そんな思いで書道教室を開校しています。

牧さんが挑戦するクラファンの詳細はこちら↓
https://camp-fire.jp/projects/view/441798

ぜひ拡散/応援よろしくお願いします🙇‍♀️
牧さんの思いが子供たちに届きますように!

(追記)
今日(7/3)をもちまして、支援総額の50%を達成しました👏🏻
今日から折り返しです。
ぜひ応援よろしくお願いします🙏

はじめまして!ライターのWakanaです。
今回は、先日開催したオンラインイベントの活動報告を書いていきたいと思います💪

5月22日に、「Rethink Education! vol.1」という名前のオンラインイベントを開催しました。

この名前には
「教育について改めて考え直す機会を提供したい!」
「様々な年代の人と、様々な価値観を持った人と意見交換がしたい!」
「教育に興味がある人と繋がりたい!」
というような、教育を《再考》する、という意味が込められています。

ふらいおんは今までオフラインで活動していて、
オンラインに力を入れ始めたのは今年に入ってからでした。
そんな私たちの、初のオンラインイベント

オンラインのメリットは、
場所を気にしなくていいことと、もう1つ。
見るべき範囲がパソコンの画面だけなので、
全員を一目で認識でき、余計な情報が入りにくい(自分が参加している場所にもよりますが)こと。

学生がいつまでもTik Tokを見続けてしまうような、
没入感みたいなものにハマっていってしまうことだなと思います。

私は司会と法人の説明を担当しました。
普段は学生団体や学校の入試説明会で話し慣れていたので緊張しないのですが…
今回は久々だったのであまり上手くいきませんでした(苦笑)

ですが、皆さんが素敵な反応をしてくださったので、
最後までやりきることが出来ました🏃
ありがとうございました🙇‍♂️

イベントは1時間。
法人説明と簡単なディスカッションを行いました。
テーマは「子供に一番大切にして欲しいこと」。

10代から40代までの幅広い年齢層の方が参加してくださったので、様々な目線からの意見を聞くことが出来ました。

普段子供と関わる活動をしてる方からの意見、
お子さんがいる親御さん目線の意見、
10代の同世代としての意見。

グループごとにまとめたスライドをご覧下さい↓

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「自分を大切に」「好きの探求」「自己肯定感」「生きる」
が共通しているキーワードで、
社会では、「他人を助けること」「自分の意思よりレールに沿った人生を」みたいな考え方が重視されがちですが、
それよりも子供たち一人ひとりが幸せに、そして好きなように生きていける環境を望んでいるのかな、と思いました。

最後に投票を行いました。
Q.子供にに大切にして欲しいこと
1.ひとつのものを極める
2.多くのものに広く浅く触れる
3.どちらもする(または1→2などの順番がある)

結果は全員3。
1つのものを極めるだけでは偏ったものの見方になってしまうし、多くのものに触れるだけだと浅い世界しか見ることが出来ない。
広く浅く、そして好きなものを見つけて追求することで、
いわゆる「普通」「一般」を知りながら、「専門性」「強み」を身につけることが出来る。

深い話し合いが出来ました👀

参加してくださった皆さん、ありがとうございました´`*
定期的に開催していくので、これからもよろしくお願いします🙇‍♀️

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–NPO法人ふらいおん–

Twitter:https://twitter.com/npo_flyon
Instagram:https://www.instagram.com/npo_flyon/
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皆さんはじめまして🙇‍♂️
神戸で活動している18歳のWakana_ ( @_since0 )と申します!
ふらいおんでは広報・人事・総務を担当しています💪

そんな私から、ふらいおんの重大告知をさせてください👀

なんと!
初のオンラインイベントを開催することが決まりました👏🏻👏🏻

その名も、「Rethink Education!」
名前の通り、教育について再考するイベントです!
これから定期的に開催して行きます✨

そんなイベントの記念すべき第1回、vol.1を
5/22 20:00~21:00に開催します!

1時間という短い時間ですが、
「子供に一番大切にして欲しいこと」についてのディスカッションとふらいおんの法人紹介をします。

画像

教育に興味のある皆さんに、ぜひ来ていただきたいイベントです!!
みなさんと熱いお話が出来たらなと思うので、もし予定が空いていましたら参加していただけたら嬉しいです!!

よろしくお願いします🙇‍♀️

応募はこちらから↓
https://forms.gle/Kr3YF4JPiY8LM6UB7

ふらいおんの情報はこちらから↓
HP:https://flyon.jp/
Twitter/Instagram:@npo_flyon

お読みいただきありがとうございます。NPO法人ふらいおんのゆた(@yutaka4069)です。
この記事では、僕の関心のある不登校について書いていこうと思います。

不登校の現状

不登校は、コロナ渦の影響もあり増加傾向にあります。2021年度の統計データでは、196,127人になっています。小学校では100人に一人、中学校では、25人に一人が不登校になっています。不登校の人数は年々増加しており、新たな教育の形や、多様な教育機会の確保を考え始めるべきときなのかもしれません。

課題|情報格差

僕は中学生の頃不登校でした。そこで僕が感じたのは、情報格差の課題です。不登校の本人や、不登校の親御さんは、不登校になったとき、漠然と不安感を抱きます。また、情報も少なく、一人や親子で不安感を持ってしまいます。
僕も不登校になったとき、不安感を抱いていました。親も焦りを感じ、負の連鎖が続いていきました。

課題|ネガティブな環境

不登校の環境には、ネガティブな環境が取り巻いています。周りからの否定や、情報が少ないが故の焦りなど、その要因は様々です。
ネガティブな環境は、不登校に様々な不利益をもたらします。ポテンシャルの発揮ができないことや、自信が持てないことなど、今後にもかかわるような不利益が存在します。

解決のために

不登校の本質的な問題は、自立の問題だと考えています。本人が自立しているのかどうか、自立する能力はあるのかどうかが大事な問題だと思います。
そのためにも、不登校に対して自立を促してあげる、自立する能力を学ばせてあげることが、大事だと思います。

こんにちは。無料学習塾ふらいおんの野田です。

今回と次回に渡り、「余裕」つまりは「心の余白」についてお話していこうとおもいます。
第一回目では、余裕が無いことでどのような悪影響があるのか、

また、余裕があることでどのような良い影響があるのかを話していきます。

「余裕」とは?

goo辞書にはこう記載されています。

①必要分以上に余りがあること。また、限度いっぱいまでには余りがあること。「お金に余裕がある」「時間の余裕がない」「まだ席に余裕がある」
②ゆったりと落ち着いていること。心にゆとりがあること。「余裕の話し振り」「周りを見る余裕もない」

①と②では、微妙にニュアンスが異なりますね。
これは私個人の意見なのですが、
①の「余り」があると、②の「落ち着いた態度」に繋がるのではないかと考えました。

「余裕が無い」とどうなるのか

ここでの「余裕」は、goo辞書記載の①の定義で捉えます。

⒈精神的に疲弊しやすい

「余裕が無い」ということは、何かに追われて切羽詰まっているという状況であることがほとんどです。

ゆったりとした心持ちではいられず、常に神経が過敏になるので、通常よりも疲れが溜まりやすくなります。

⒉判断力が低下する

⒈で述べたように、「余裕が無い」と神経が過敏になります。これは自律神経が乱れているということで、自律神経が乱れていると集中力・判断力共に低下します。

また、余裕をなくしている原因になっている事象に気を取られ、視野も狭くなるため、冷静で正しい判断ができなくなります。

⒊周りの人に当たりやすくなる

「余裕が無い」ということは、「自分のことで手一杯」ということなので、周りに対する優しさや気遣い等もできなくなる傾向があります。

よく、仕事や家事で忙しいお母さんが、子どもに「一緒に遊ぼう」と言われても「今忙しいから無理!」と返してしまうアレです。

自分が必死な事の邪魔をされたり、新しく頼み事をされたりすると、イライラして周りの人に強く当たってしまうのです。

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「余裕がある」とどうなるのか

ここでの「余裕」は、goo辞書記載の①と②の定義どちらも扱っていきます。

⒈新しいことにチャレンジしやすくなる

余裕が無い状態だと、今ある仕事で手一杯になってしまいますが、余裕を作っておくことで新しいことにチャレンジできるキャパを確保できます。

例えば、「仕事も一段落ついたし、マリンスポーツでも始めてみるか!」のような感じです。
新しいことにチャレンジすることで、今までに無い体験や知見を得ることもでき、好循環に入っていくことも稀ではありません。

⒉他人に対する当たりが柔らかくなり、気遣いや配慮ができる

自分に余裕があるため、他人の事象を受け止めることができるようになります。

その結果、人当たりもよくなり、人間関係も円滑になります。

⒈と似ていますが、人との関わりが良くなることで新しい人脈形成もできるようになり、物事が上手く進むことも。

⒊「凄い人」と思われる

常に余裕があり、周りに対する配慮ができている人を見て、あなたならどう思いますか?

恐らく「凄い人」「尊敬できる人」等のイメージだと思います。

少なくとも、マイナスのイメージは持ちませんよね。

仕事に忙殺され、余裕がなく、周りに当たり散らかす人よりもよっぽど印象が良いのではないでしょうか。

余裕を持つことでそのしなやかさが相手にも伝わり、好印象や高評価を受けることができるのです。

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まとめ

いかがだったでしょうか。

今回は

・「余裕」とはなんなのか
・「余裕が無い」とどうなるのか
・「余裕がある」とどうなるのか
について触れてきました。

次回は、肝心の「余裕を産むにはどうすればよいのか」を中心に話していこうと思います。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

こんにちは。「無料学習塾 ふらいおん」の野田です。

今回は、「語彙力」について。

幸福度や年収、ストレス耐性など、様々なことに「語彙力」がかかわっているというお話をしていきます。

誤解されやすい「語彙力」の本当の意味

そもそも、「語彙力」とは何なのでしょうか?

語彙力とはその人がもっている単語の知識と、それを使いこなす能力(参考:goo国語辞書)とされています。

つまり、ただ多くの言葉を知っていても、それを適切に使うことができなければ「語彙力が高い」とは言わないんですね。

ちなみに「語彙」という言葉はある一定の範囲で用いられる単語の総体とされています。

「彙(い)」には「集まり/集める」という意味があります。

語彙力が高い人に見られた特徴

2016年に3130名を対象に行われた、ベネッセコーポレーションによるインターネット調査では、
「主観的幸福度」が高い人ほど「語彙力」が高い傾向がみられました。

これには様々な理由が考えられますが、大きく分けて3つあります。

①語彙を多く持っていることで、課題解決に行き着きやすい

例えば、小さい子供がよく「しんどい」と口にしているのを見たことがありませんか?
確かに、「しんどい」ことに間違いはありません。

しかし、語彙が少ないと「しんどい」からの進展がなくなってしまうのです。

例えば、語彙を多く会得している人であれば
「今、私は“頭が痛く”て“身体が気怠い”。なぜか?頭が痛い原因は、恐らく低気圧が近づいているからだ。ならば、入浴をするか暖かい飲み物を飲むことで、副交感神経を優位にすれば治まるだろう。」
といったように、解決方法に近づいていくことができるのです。

語彙力が高いと、“現状の具体的な分解”が可能になり、“何が問題になっているか”を見つけ、“原因に対して対策を考える”に行き着くのです。

そのため、何か問題が起こっても解決ができ、幸福度が高いのではないかと言われています。

②自身の言いたいことを相手に伝えやすい

相手に伝えたいことがあったとして、それをスムーズに伝えるためには語彙力が必須です。語彙力が高いと、相手に適切に物事を伝えることができ、プライベートの側面でもビジネス面においてもストレスフリーになります。

逆に、語彙力が低いと適切な言葉で相手に物事を伝えることができず、そのたびに双方にストレスが発生してしまいます。

「この資料、いい感じにやっといて」と指示するより、
「この資料は○○さん当てで、△△のために使用するので、□□までに作成しておいて。文字数はあまりかさばらないように、コンパクトにまとめておいてほしい。完成したら一度私が目を通すから、声をかけて頂戴。不明な点があったらすぐに連絡してね。」
という表現のほうが、受け手もわかりやすいうえに、後々問題が起こることもなくなるでしょう。

③感情のコントロールが用意になる

これは①とも関係があるのですが、「感情の語彙」を多く持っていると、今自分がどのような感情になっているかを俯瞰的に見つめることができ、感情を統制することができます。

例えば、ただ「イラつく!」で終わらせてしまうのではなく、
「今、自分は腹が立っている。(なぜ腹が立っているのか?)おそらく、“嫉妬”と“焦り”だ。同期の○○は結果を出していて、自分はなかなか思うように評価されていないことで、焦りと嫉妬からイライラしているのだろう。」
と考えると、思考を「次に自分はどうすればいいか」にシフトすることができるので、いつまでも自身の感情に囚われずに済むのである。

語彙力をつけるには?

これに関しては多くの議論がありますが、私は「1.語彙の意味を調べる癖をつける」「2.どういった場面で使われる言葉かを把握する」「3.日常会話に多くの語彙を取り入れる」ことがポイントだと思っています。

語彙を「見ただけ」では語彙力がついたとは言わないので、その語彙がどういった意味なのか、どういう使われ方をしているのか、ということを意識しておく必要があります。また、せっかく覚えた語彙でも、使っていなければ忘れていってしまうし、実際に使うことで自身の一部として定着するため、積極的にアウトプット、活用していくことが重要だと思われます。

本を読むだけでも語彙力はある程度つくと思いますが、より効率的に語彙力を高めるには上記を習慣化すると良いのではないでしょうか。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

初めまして!最近AIを作っています!ふらいおんの浜地です。
皆さんはAIと聞いてどのような印象を持ちますか?

かつての私は映画やドラマの影響からか、神格的な存在を感じていました笑AIが感情を持ち、ほとんどの職をAIが奪っていくといった具合に…実際、人間の感情のしくみを真似したロボットは存在します

我々の生活に馴染みがあるあの白いロボット…
そう!Pepperくんです!!!

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汎用型AIによる問題はもう少し先の話になりそうですね

一方で、ここ数年は何かに特化したAIの活躍が見られます。将棋AIや自動運転、無人レジにSiri…
皆さんが馴染み深いこれらのAIは通称「弱いAI」と言われています。

今日は人間が「弱いAI」を使って人を殺そうとするお話です。

皆さんはトロッコ問題をご存知でしょうか?

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“5人が線路上で動けない状態にあり、そこにトロッコが向かっている。あなたはポイントを切り替えてトロッコを側線に引き込み、その5人の命を救う、という方法を選択できる。ただしその場合は、切り替えた側線上で1人がトロッコにひかれてしまう。”
という思考実験で、日本人の場合は僅差で「5人を救う」選択肢を取る人が多いようです。

しかし、仮に5人ではなく10人や100人と増えれば増えるほどレバーを押す人が増えるのではないでしょうか。

また、トロッコ問題にはいくつか類似問題が存在します。

例えば、「人を殺してそれより多くの人を助けるのはよいことだろうか?」という観点が似ている臓器くじです。

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“別々の臓器が必要な5人の患者に、全く関係ない健康体(1人)を医者が殺し、移植するかどうか。”
という思考実験で、こちらでは日本人のほとんどが「健康体(1人)を救う」選択を取るようです。

このような結果は二重結果論に一致しています。

二重結果論とは、ある行為の帰結を意図された帰結と予見される帰結に区別し、行為者が責任を持つのは、前者の意図された帰結のみであり、いわば副作用とも言える予見された帰結ついては責任が問われないとする説です。

要するに、トロッコ問題では、多くの人を救うことは道徳的に良い行動が、偶然(?)悪い副作用を生むのは仕方がない。

臓器くじでは、良い結果を引き起こそうとして、わざわざ悪い行動をするべきではない。
といった判定です。

もちろん、どちらの思考実験にも答えは無く、国の文化などによって答えも大きく変わります。ただ、これらはあくまで思考実験であり、傍観者視点にすぎません。

つまり、あなたが裁判員になった際の判断です。
当然、現実でこのようなことが起こった場合、自分の手で人を殺める選択はできないでしょう。

もし、この問題が現実になっても、咄嗟に正確な判断はできないので、真剣に考えたってしょうがないかもしれませんね。

なんて…なんて空想の話ではなく、ブレーキの壊れたトロッコは猛スピードであの問題に向かって走っています!

舞台はAIと自動運転!

自動運転車が事故に合った時、事前にプログラムされたAIは正確に判断できます。ただ、AIはどう動けば一番被害が少ないかなんていう未来を予知することはできません。あらゆる面を人間が想定し、設計者やプログラマーが決めるのです。

これは非常に複雑な問題で、例えば、自動運転車が後方の車の追突で押し出された場合、ヘルメットを被って運転しているバイクの方にハンドルを切るか、ヘルメットを被っていない方にハンドルを切るのか決める必要があります。前者に衝突した場合の方が生存確率は高いでしょうが、ルールを守っている方が危険な目に合うなんておかしな問題ですよね。

また、数人の歩行者に追突しそうになり、轢き殺すか、壁にぶつかって自分が犠牲になるという選択だとどうでしょう。多くの命を尊重すると壁にぶつかるべきだろうが、いざという時に自分の命を守ってくれない車なんて誰が買うのでしょうか。

自分だけでなく、友達や恋人、家族の場合はどうでしょう。メーカーも売上のために運転者の命を優先する車を優先するはずです。

この問題についてマサチューセッツ工科大学ではモラルマシンというサイトを作り、トロッコ問題を応用した思考実験の調査を行っています。

https://www.moralmachine.net/hl/ja

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この画像では車に乗っている大人と子ども、どちらを犠牲にするかを問われています。 

他にも、ホームレスや犯罪者、金持ちや動物など、さまざまな場合のシチュエーションで人はどう選択するのかアンケートをとっています。 

結果、4000万人以上の回答が集まり、統計が出ました。 

どうやら人は、動物より人間、高齢者より若者を優先し、日本のような治安の良い国では、信号無視をする人は死んでも仕方がなく、貧富の差が激しい国では、ホームレスや犯罪者は優先して殺されるという結果になりました。

 A Iや自動運転にはさまざまな論理的課題があります。しかし、どれだけ考えても答えは見つかりません。

今、4000万人の人間によって意図した殺人が計画されています。答えのない問題に答えをこじつけようとしているのです。 

今もどこかで、エンジニアは人を殺すプログラムを書いています。